桃色のカクテル画像


キャンドル 一人でお酒を飲むのに慣れていた。

キャリアウーマンと呼ばれ、
仮面の笑顔に囲まれたM&A成功の祝杯で交わされる無数のガラス同士の硬い響きにどこか心が壊れる音を聞いていた。
いつものように酔い覚ましに寄ったホテルのバーでバーテンダーからコースターの裏に書かれたメッセージとともに
ほのかに桜色のカクテルを差し出される。

「いつも疲れているね。少しお休み」

驚いて見上げるとバーテンダーが店の出口を視線で指し示す。
ラフにカジュアルなスーツを着こなした背の高い男性が今にも店を出て行くところだった。
追いかけたが間に合わなかった。

桜色のカクテルはほのかに懐かしい甘い香りが漂った。心に忘れていた何かがよみがえるのを感じた。

あのカクテルをもう一度味わいたくて、私は何度も店に通った。
しかし、彼が調合したあのレシピは店のバーテンダーでも再現ができなかった。
終いには私は会社を辞めてバーでバーテンドレスとして修行を始めた。

バーカウンターの前に様々なドラマが繰り広げられる。
店のロゴの入った六つ折の紙ナプキンは時に涙を拭くハンカチとなり、
時に握り締める悔しさとなり、時にラブレターとなり……。

バーカウンタの中で夜桜の下で香る仄かな香りに心が満たされて行くのを感じた。

伝言
さくら あれから5年。

権利書に会社印を押す瞬間に小さく手が震えたが、
晴れて私は古くからの桜並木に面した小さなバーのオーナーになった。

店の看板を掛けているときに後ろから声がかかる。
「もっと気をつけて。桜の枝が泣いているよ」
振り返る前からそのむせ返るような桜の香りに気がついていた。
あの日の背の高い彼が作業服を着て立っていた。

彼は桜の老木ばかりを扱う樹医だった。

「いらっしゃいませ」

私は彼を店に迎え、シェーカーを振った。グラスに注がれたのは仄かに桜色のカクテル。
今日こそはあの日の味を再現できたと確信できている。

tobeconカクテル

キャスト・・・・・・あなた
スタッフ・・・・・・実印・表札・はがき
Presented by・・・・・・
はんこ屋さん21 川西店